UI/UX設計のゴールは、使いやすさではない

Office 2013 プレビュー版をインストールしてみた。UIはほとんど旧バージョンから変化がない(やたらアニメーションする以外は)が、UI/UXデザインのチームを強化し、コンシューマ向けアプリ経験が豊かなデザイナーがインストーラ作成に力を入れていることは分かった。

象徴的なのは、次の画面の文言だ。

「もうすぐ準備が完了します」「Officeを使える状態になりましたが」と書いてあるが、全くOfficeを使える状態にはなっていない。実はこれ、単なるインストールのプログレス画面なのである。純粋にファイルをコピーしたりレジストリを操作したりなインストール中である。

[2012.08.14 追記]
この画面で100%まで待たずにインストーラを閉じても、バックグラウンドで追加ファイル類のインストールが続きますが、Officeはちゃんと起動することが判明しました。なので「Officeを使える状態になりましたが」という文章には嘘はありませんでした。
[追記ここまで]

今までのアプリケーションは技術者が文言を考えていた。彼らは世界の平均よりもずいぶん正確で正直者なので、上記の画面に添える文言を考えると、システムの内部で起こっていることをそのまま表現する文章を書いてしまう。すなわち「インストールしています」「インストールが完了するまでお待ちください」だ。少なくともWindows 7以前のインストーラのほとんどがそうだった。Install Shieldで作られた文言「セットアップ処理手順を示すInstall Shield Wizardを起動しています。しばらくお待ち下さい...」のいったい何がどう駄目なのか、説明できる技術者は少ない。

一方、UI/UXデザイナーは、「そんな文言では、ユーザーが怯えてしまい、途中でユーザが離脱してしまう」と考える。

いま、インストーラからのユーザ離脱は死活問題である。Officeは元々売り切りのパッケージだった。ユーザはお金を払っているのだから、インストーラが多少不親切でもしぶしぶインストールした。しかしそれは古い時代のソフトウェアの話である。現在では、Officeはネットでダウンロードして、体験版として使い、その後オンラインで課金という流れのソフトになりつつある。さらにはインストール不要で使えるoffice互換のクラウド製品とも競争しなくてはならない。だからインストーラでユーザが離脱しないことは、UI/UX設計上、とても重要な課題なのだ。

そんなわけで、UI/UXデザイナーは、ユーザーがよりインストールを完了してくれる確率が高まるような文言を考える。その結果が「もうすぐ準備が完了します。もうほとんどOfficeを使える状態になっているので、あとちょっとだけ待っててね!」ということをユーザに伝える、先の文言なのである。

だが、ここでユーザーの立場で考えてみると、非常に残念なことがある。Office 2013のインストーラは、終了まで本当にひどく時間がかった。なんと20分以上かかるのだ。こんなに待たされては「もうすぐ準備が完了します」「Officeを使える状態になりましたが」という表現を騙し討ちだと感じるユーザーは多いだろう。オレの待ち時間を返せ。こんなに待つならインストールしなかった!

しかし、このような心象を持つユーザの存在がUI/UXチーム内で議論されていないはずはない。お金がある部署ならたぶんいろんな文言を試してユーザー調査もしたことだろう。または、このインストーラ自体がユーザー調査目的なのかもしれない。いずれにせよ、このインストーラで、この文言を表示することについて、開発チーム内での合意はあったはずだ(もし、何も合意もなくこれがリリースされているとすれば、恐るべき「天然」チームである)。

さて、設計者が最初から明確に意図していたかどうかはともかく、このインストーラの文言は結局良くできている。以下の理由である。

  1. ユーザーは最初、インストールが数分で終わりそうだと感じる。
  2. ユーザーはちょっと待つ。
  3. インストールがなかなか終わらない。でも今まで待った時間がもったいないのでさらに待つ
  4. 結局、インストール完了まで待つ。

そう、ユーザーが嫌がろうがなんだろうが、とにかくインストールは完了するのである。

一般にUI/UX設計というと、「ユーザ中心に考えて、ユーザにとって使いやすく、印象の良いソフトウェアを」が目標であると言われる。しかし、設計のゴールが「インストールが完了する」であれば、全く事態は異なる。UI/UX設計が「ユーザ中心の目線で使いやすさ・心象の良さを作りこむ」ことだというのは誤解だ。そのような作り方では多くの場合、ビジネス要求を満たせない。本当のUI/UX設計とは「ユーザ中心に考えて、定めたビジネス上のゴールを達成できるよう、ユーザを誘導する」設計なのである。

ただし、「もうすぐ終わります」と言ってユーザーを半ば騙すような方法は、短期的に勝利を収める方法としては正しいのだが、UI/UX設計としてやや強引な手段であることは否めない。あまりにもこのようなインストーラが多いと、そのうちユーザーは「もうすぐ終る」という表示を「時間が掛かる」という意味にとらえ始めるだろう。